人は何故、落ちるのか? それは這い上がるためです。
ベストセラーになるビジネス本は、苦労話もさることながら、ほぼ間違いなくサクセスストーリーで構成されていて、そこには結局「成功例」しか書いてありません。でも本当に大事なのは「失敗例」の方だと私は思います。「どうして彼は(私は)失敗したのか」「何故うまくいかなかったのか」自分の例でも他人の例でも「失敗例」を知ることによって、一度立ち止まり、それまでの自分を振り返り、最終的には前に進めるような気がします。

私の恥ずべき「失敗例」を一つご紹介しましょう。
15年ほど前の事です。「お前と演奏していると気持ちよくない」と以前のロックンロールバンドのメンバーから言われた事があります。彼が指摘したのは「気持ちのいい所にスネアが来ない」というものでした。私は悩みました。何故なら彼の「言っている事が全然分からなかった」からです。

彼が言うには
「全体的にスネアのタイミングが遅い、遅れる」との事。私はそれまでそんな事を誰かに言われた事も、意識した事もありませんでした。

当時
「理想の演奏と比較する練習」などしていなかった私は、リハのテープを聴いても言われている事がサッパリ分からず、困り果ててしまいました。
実はこれに至るまでは伏線があります。

ベルブラススネアの楽器紹介でもお話した通り、私は
「スネアから耳障りな音が出ている」と指摘されると、ミュートを使って誤魔化したりしていました。今から思うと「耳障りな音」の原因は、セット全体のチューニングのズレからきていたものかもしれません、もしかしたらスネアそのものの問題じゃなかったかもしれませんが、ミュートをかますと「それなり」な感じな音になるので、当時リングミュートも幅広のものを使い、ガムテープとティッシュでそこら中にベタベタとやっていた憶えがあります。

次に
「音が小さい」「スネアの音が聞こえない」と言われます。そりゃそうです。何しろ「ミュート(消音)」してるんだから。しかしベタな私はその原因を追及せず「何とかそのまま音量を大きくする事」で乗りきろうとしました。具体的にはスティックをレギュラーチップのモデルから音量が稼げるボールチップのものに変更し、また「力を入れて思いっきり叩く」という単純な荒技です。

私はどのバンドに行っても音がデカイと言われていたので、かなり意地になっていた部分は少なからずあります。

驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、当時スネアのヘッドは1週間に一度は換えていました。理由は単純
「1週間でダメになってしまっていた」からです。ボールチップに換えてからというもの、ヘッドはすぐにベコベコに凹んでしまい、酷い時にはワンステージでオシャカです。そこで次に行ったことは「ヘッドを厚めのものに変更する」というこれまたベタな対処方法でした。少なくとも薄めのヘッドと比較すれば耐久性は上がります。また厚めのヘッドは比較的アタック音が強くなるので、音が大きくなったような感じがします。
ここで一番問題なのは「すべて他人から指摘されて行った反射行動だ」という事です。自分から進んで「ああしよう、こうしよう」と考えずに、その場をしのぐための「とりあえずの対応」をしていても問題が解決するはずありません。「チューニングが下手だ」と言われたら上手くなるまで陰で研究して頑張れば良いだけです。「音が小さい」って言われたら演奏がおかしくなるほどムリをせず「これで聴こえないならそっちの音を下げてくれ」って言えば良いだけです。
仕事でも学習でも、長い間結果が出なかったり、また批判され続けていると、人間は少しづつおかしくなってきます。私はドラムに向いていないのではないか、自分は音楽が「本当に」好きなのだろうか、そもそも自分という人間に「価値」なんてあるのだろうか・・・

外に目を向けずに狭い世界の中だけで物事を判断し続けていたあの頃、私はそのバンドでコテンパンにへこまされていたので(笑)、その当時ポジティブな考え方や、メンバー同士の音楽に対する対等なケンカもできずに、ただただ逃げ回っていただけでした。生来負けるのが嫌いな人間なので、何とかそのバンドに付いていき「いつかはきっと」と、人間としても音楽家としても少しでも認められたかった。でもやる気は空回りし、視野の狭い自分の考えだけではどうにもならず、理想とはかけ離れた方向に・・・自分のしっかりとしたドラムの演奏や上達が、直接バンドサウンドを底上げするなどとは一切考えられず、結局何の解決にも至らないままダラダラと過ごしてしまったのです。
そして私は常に「強く叩かなきゃ」と思い続け、その結果としてスネアを叩く瞬間に「マッチドグリップの左手」に思いきりテンションが掛かるクセが付いたのです。だからタイミングが(叩いている私ですら気付かない程度に)一瞬遅れる。彼はそれを私に指摘したのです。

そういえば心当たりは色々あります。

「皆でアレンジを考えている時の演奏は良かったのに本番になるとダメだ」と言われた事
アレンジ中はバンド内の会話が聞こえないと困るので小さめな音で叩いていたから。

「ドラムのヘルプを頼まれたバンドでの演奏の方がよっぽどウチのバンドよりも良い」と言われた事
ヘルプで叩いていたバンドでは力いっぱい叩く必要がなかったから。

「レギュラーグリップの方がリズムが良い」と言われた事
レギュラーグリップでの演奏の時は最初から「大きな音は出せない」と諦めていたのでリラックスして叩いていたから。

実はこれらに気付いたのはごく最近の事です。
自分の練習を録音して、同じ8ビートでもクローズドリムショットの時とオープンリムショットの時とで雰囲気が違っているのに気付き、その後もスティックを替え、握りを変えて、色々試しているうちに(とりあえずこの部分に関しては)理解ができました。15年目にして「ようやく」といったところですが、現在このクセを修正中です。

録音されていた昔の演奏を聴くと、速いテンポで軽いビートのロックなのに確かに
スネアが後ろぎみで「重く」感じます。告白するとレコーディングした当時は何とも思っていませんでした。

当時のメンバーは(こんなドラマーがいたのでは)、きっと腹が立っていた事でしょう。そのバンドが解散した今となっては後の祭りですが、死ぬまで気付けなかったよりは全然良かったと思っています。今では指摘してくれた彼に「ありがとう」と言いたい。
それにしても、そんなムリをしてその間に「よく腕を壊さなかった」ものです。まだドラムが続けられている事を、丈夫な身体を与えてくれた両親と神様に感謝しなきゃですね。
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